【最長片道切符の旅#12】一ノ関・平泉観光からの東北新幹線で直接行けない一ノ関から仙台への旅

最長片道切符の旅12日目。本日は2023年4月7日(金)。岩手県・一ノ関駅から旅を再開していきます。
(最長片道切符の旅の概要はこちらからご覧ください)

この日の旅程は下記の通りとなります。

【旅程: 最長片道切符の旅12日目(予定ベース)】
■ 岩手県県南観光
 ● 一関駅前(6:55)
 ↓ 岩手県交通・厳美渓/瑞山線
 ● 厳美渓(7:15)
  ・厳美渓
 ● 厳美渓(7:50)
 ↓ 岩手県交通・厳美渓/瑞山線
 ● 一関駅前(8:11)
  ・ホテルで休憩
 ● 一ノ関(10:15)
 ↓ 東北本線・普通
 ● 平泉(10:23)
  ・毛越寺
  ・中尊寺
  ・昼食
 ● 平泉(14:07)
 ↓ 東北本線・普通
 ● 一ノ関(14:14)
■ 一ノ関(14:51)
↓ 東北新幹線・やまびこ60
■ 古川(15:09/15:45)
↓ 陸羽東線・普通
■ 小牛田(16:00/16:33)
↓ 石巻線・普通
■ 石巻(17:07/17:27)
↓ 仙石線・普通
■ 仙台(18:50)

ちなみに、見かけ上は同日の旅程のようにみえますが、実際のところは一度中断をしているため、2日間に跨って旅をしています。古川にて日付が入れ替わっていますが、中断時刻に合わせて旅を再開しているため、一連の12日目の旅程として、通しで扱っています。

【7:15/7:50】 一関の名所、厳美渓で渓谷美を楽しむ

それでは一日が始まりました。本日は朝早くからのスタートです(ホテル6:45発)。本日の前半で岩手県の県南の観光を楽しんでから、本格的に移動を開始していきます。

一ノ関駅
一ノ関駅

まずは一ノ関の観光スポットに寄っていきます。一ノ関駅から6:55発のバスに乗り、「厳美渓」へ向かいます。
厳美渓は一関市の名勝で、美しい磐井川の渓流の流れと周囲に聳え立つ奇岩・怪岩が見どころのスポットです。一ノ関駅からはバスで約20分。市街地からも近く、お手軽な観光スポットです。そもそも、わざわざ早朝に出た理由はバスの時間の関係からです。厳美渓では主要な場所さえ押さえるのであれば、30分あれば十分であり、駅へ戻るためのバスとの間隔が適正なタイミングを狙うとこの時間になってしまうからです(ほかの時間帯だと1時間近く空くので暇を持て余すことになる)。

それではバスを「厳美渓」バス停で下車。道路のすぐ下に厳美渓があります。まず目に入るのは道路沿いの満開の桜。狙ってきたわけではありませんが、ちょうど時期が良かったです。そして、道路からの階段を下りて渓谷沿いへ。川の周りはゴツゴツした岩があり、その下には渓流があります。渓流の流れは速く、浸食作用が大きいのか、岩の上から見下ろす渓谷は割と低いところにあります。とても怖くて川に飛び込みなどできません(そもそも立入禁止ですが)。

厳美渓の桜
厳美渓の桜

厳美渓の形成には宮城・岩手・秋田の三県境付近にある火山、栗駒山が関わっています。栗駒山が噴火した際に噴出した溶岩が堆積したところに、磐井川の水流が浸食を加えることで形成された地形といわれています。特に、「甌穴」といわれる浸食の仕方は厳美渓の特徴の一つになっており、これは岩盤の表面が柔らかく、予め浸食していたところに礫が水流で入り込み、そこで回転するようにして周りの岩盤の表面を削り、円形の穴ができるものです。今回来た際はそれをうまく見つけることはできなかったものの、岩がジェンガのように積み重なるこの光景は長い年月を重ねて形作られたことを感じさせます。

厳美渓
厳美渓

厳美渓には吊り橋や散策路が整備されており、散歩感覚で散策が可能です。そして、散策路を歩いていると東屋があり、その近くには対岸とを結ぶワイヤーが見られます。これは「空飛ぶ団子」ともいわれる「郭公(かっこう)団子」を対岸に送るためのワイヤーです。郭公団子の店舗は対岸にあるものの、反対側から注文が可能です。客は備え付けの籠に代金を入れてお店に籠を送り、ワイヤーの終点に取り付けられた木の板を備え付けの木づちで鳴らすことで注文の代わりとし、引き換えに、団子がワイヤーを伝って送られてくるというものです。一度やってみたかったですが、まだ早朝ということもあり、お店はやってませんでした。いつか試してみたいですね。

郭公団子を運ぶワイヤー
郭公団子を運ぶワイヤー

厳美渓の主要箇所の散策であれば30分程度あれば、十分だと思います。約30分後のバスで行った道を引き返すこととしました。早朝の時間帯だったので、辺りには人が少なく、のびのびと自然を満喫することができました。

【10:23/14:07】 世界遺産の地、平泉を観光

厳美渓から戻った後、ホテルで2時間弱休憩してから、東北本線で平泉へと向かいます。平泉駅は昨日通過済みなので、最長片道切符ではなく、別途往復乗車券を購入していきます。「わざわざ戻るくらいなら昨日は平泉で切り上げるべきだったのでは?」という声が聞こえてきそうですが、一ノ関の方がホテルの相場が安いですし、駅近のホテルが取りやすかったからです。一ノ関駅から平泉駅までの乗車時間は約7分とすぐなので、そこまで手間にはならないと考えました。

平泉駅
平泉駅

ご存知の方が多いとは思いますが、平泉は世界遺産に登録されたまち。11世紀末から12世紀にかけて、奥州藤原氏が本拠地を置き、その初代藤原清衡の戦乱の経験から平和を願って中尊寺を建立。それに続き、後継によってさらに寺社仏閣が建てられた有名な場所です。

まずは毛越寺へ。毛越寺へは駅から徒歩9分と比較的アクセスがしやすいです。毛越寺は850年、円仁によって開基され、その後、藤原氏2代目基衡や3代秀衡によって多くの伽藍が創設されました。その数は40に及んだのだとか。しかし、その後の火災や戦乱によってその殆どが失われてしまったのです。ちなみに、屋根が非常に立派な本堂は1989年に平安様式にて再建されたものです。

毛越寺の本堂
毛越寺の本堂

毛越寺の最大の見どころは同じ敷地内にある浄土庭園。作られてから800年以上経っています。庭園の真ん中には「大泉が池」という大きな池があり、そのほとりには奥州藤原氏が建てた伽藍の跡地が多く見られます。伽藍本体こそはなくとも、その敷地には礎石が残されているため、多少の名残を感じることができます。そして、庭園の中には池に水を送る「鑓水」があります。石で囲まれた水路のような場所で、この鑓水は平安時代に作られたものなのだとか。ここでは「曲水の宴」が毎年開催されています。曲水の宴とは平安時代の行事のひとつで、盃を水路に流し、それがほとりにいる自分のところに流れてくるまでに詩歌を詠むというものです。その様子の写真が近くにあり、あたかも平安時代のように、出席者が十二単を着て盃を待ち構える様子が映っており、歴史の教科書を見てイメージするような平安時代とマッチするものがありました。とても詩歌は詠めませんが、リアルで見てみたい気がしました。

浄土庭園
浄土庭園
毛越寺での曲水の宴の様子
毛越寺での曲水の宴の様子

それでは毛越寺はここまでにして、次は中尊寺へ向かいます。中尊寺は平泉駅から参道入口まで徒歩20分。毛越寺と中尊寺は駅を中心に、それぞれ方向が異なるため、毛越寺から歩くと約30分かかります。覚悟して徒歩に挑みましたが、道中の桜がきれいなこと。道路の両端は桜並木となっており、満開の桜が車道をトンネルのように覆っているのです。これにはカメラを向けずにはいられませんでした。これは逆に徒歩で来てよかったと思いました。

平泉の桜並木
平泉の桜並木

桜を楽しみながら中尊寺の参道の入口へ到着。到着というよりここからが本番です。というのも、参道には月見坂という長い坂があり、ちょっとしたハイキングをするような形となります。途中では平泉の田園風景を一望でき、タイミングが合えばだだっ広い田んぼの真ん中を行く列車を見ることができます。ちょうど自分が通りがかるタイミングで貨物列車が通過。中尊寺の山の桜を背景に平泉の田園地帯と鉄道というよい画を捉えることができました。

中尊寺の山から見る平泉と貨物列車
中尊寺の山から見る平泉と貨物列車

引き続き参道を登っていると、雨模様に。この日は気温も低く、体が冷えていきます。

参道から10分弱で本堂へ到着。こちらは1909年に再建された建造物で、明治時代からの年季が入った威厳が感じられます。そもそも、「中尊寺」は山に建てられた複数の伽藍の総称ですが、名の通り、この本堂がメインの場所とされており、ここに本尊である釈迦如来が安置されています。そして、様々な儀式のほとんどがこちらで行われています。

中尊寺の本堂
中尊寺の本堂

そして、中尊寺のハイライトといえばやはり金色堂。屋根を除き、内外至る所に金箔が押された、文字通り「金ピカ」のお堂です。金色堂は奥州藤原氏の初代清衡によって建造され、ここに極楽浄土の有様を表現しようと意図された建造物(もはや作品?)です。ここまですごい建造物を作ったのには東北地方で起きた戦乱による死者を敵・味方関係なく極楽浄土に導きたいという清衡の心遣いがあったためです。金色堂の内部には様々な種類の仏像と奥州藤原氏の清衡・基衡・秀衡の遺体と4代目泰衡の首も安置されています。金ピカすぎて安らかに眠れるか疑問に思いつつも、800年以上に渡り、一つの建造物が保存されているそのすごさを感じます。また、金色堂は一棟がまるまる覆堂によって完全に覆われており、保存へのなみなみならぬ意志を感じます。金色堂の拝観は800円と額面では少し高いものの、それだけの価値があるように思います。

さて、中尊寺の参拝が終わり、時刻はもうすぐ13時。中尊寺から徒歩約5分の「花みずき」さんで昼食を取ることに。中の雰囲気は小ぎれいな地元の食堂といった感じ。座敷席が多い一方、テーブル席やカウンター席まであり、一人でも比較的入りやすいです。ここでは隣の奥州市のブランド牛、前沢牛が味わえます。それが前沢牛丼であり、2,800円と少し値が張りますが、迷わず注文しました。

「花みずき」外観
「花みずき」外観

着丼。何やら立派な器が2つあるではないか。蓋を開けると一つは前沢牛丼(当然)。もう一つは多彩なキノコの入った汁物でした。それに漬物含めて副菜3品と豪華なセットです。特に前沢牛は肉の一切れが大きい。しかし、その反面、柔らかい。もう口の中でとろけていきます。いままで食べた牛肉の中でも、しばらくは記憶に残るレベルです。そして、キノコ汁(?)は優しい味わいで雨で冷えた体を温めてくれます。また、食後にはコーヒーをサービスして下さいました。

前沢牛丼
前沢牛丼

駅への道すがら、偶然見つけたお店ですが、見事当たりのお店でした。それでは行った道を引き返し平泉駅へ。ここから一ノ関駅へ戻り、最長片道切符のルートに臨むこととしました。

【14:51発/15:09着】 東北新幹線で古川駅へ

ここから本日分の移動を開始していきます。一ノ関からは東北新幹線に乗車し、ルート上では2駅先の古川駅まで最長片道切符を使って移動します。やまびこ60号の東京行きに乗車します。

新幹線ホームへ上がり、接近放送がかかると、乗る列車が来る方向とは反対側から轟音が。どうやら通過列車が来るようです。見慣れない車両だなと思ったら、まさかのE8系の車両。この車両はまだ旅客運用に入っていない新車両で、今後2024年春に、山形新幹線に導入予定とされています。それにしても、山形新幹線の車両が福島以北で見られること自体も結構レアのような。

E8系新幹線
E8系新幹線(ブレた)

そして、その直後に見慣れたE5系新幹線が入線。こちらに乗車します。今回は冒頭の通り、一度中断する関係で、そのまま東京方面へ向かうため、指定席を利用します。古川までの乗車時間はたったの18分。本来であればあっという間の下車ということになるのですが、古川をそのまま通り過ぎ、一旦帰宅の途へ就きました。

E5系新幹線
E5系新幹線

【現実直面】最長片道切符を完遂できない危機浮上

そのまま帰宅し、予定上中断期間を3日間過ごすことになります。その間に、最長片道切符の旅の進捗状況を数値化していたら、なかなかまずい状況だったので、ここでお伝えしておきます。結論、経過日数に対して、全然距離を稼げていないということです。

まず前提の話として、切符(乗車券)には必ず有効期限があります。たいていの場合は移動距離に応じて、有効期限が変わりますが、今回の最長片道切符は56日間の有効期限が与えられています。そして、今回は3月20日から有効の切符を使っているため、5月14日までに旅を終える必要があります。

旅程上では12日目となっていますが、これは中断日を除いたりなど、調整を加えた日数表示なのです。古川まで到達した4月7日(金)の時点では切符の有効期間開始日より通算で19日目となります。さらに中断期間を3日間過ごすので、旅を再開する直前(前日)の時点では22日目となります。それに対して、稚内から古川までの移動距離(ルート外移動を除く)は2,827.4km。旅全体の移動距離は約11,000kmのため、それを百分率にすると(以下、「踏破率」と呼びます)、約25.7%。一方で、切符の有効期間が56日間である中、22日目時点を同じく百分率で表すと(以下、「経過率」と呼びます)、約39.3%となります。

つまり、切符の有効開始から39.3%(経過率)の月日が経過しているのに、25.7%(踏破率)しかそのルートを歩めていないということなので、数字化すると相当遅れていることがわかります(本来であれば踏破率と経過率はほぼ同じであるか上回っている必要がある)。

さらに、今後1日にどの程度移動すべきかを数値化していきます。まず残りの移動距離は約8,172.6km(=11,000-2,827.4)となります。次に次回再開日直前(前日)時点での切符の有効期間の残り日数ですが、後にも、もう1日中断せざるをえないため、その日を除くとあと33日(=56-22-1)ですべてルートを回りきる必要があります。その場合、一日当たりの平均移動距離(いわばノルマ)は247.7km(=8,172.6÷33)となります。参考までに、いままでの1日あたりの平均移動距離(旅程上の11日目における2,777.3kmを採用)は252.2kmとなります。

「あれ、現状維持で大丈夫じゃん?」と言われそうですが、むしろかなり急ぐ必要があると考えます。

前提として、この旅のマイルールにおいては以下を設定しています(移動に直接かかわるもののみ)。

① 最長片道切符のルート内における移動は6:00~18:00に限る。ただし、列車乗車中に18:00になった場合はその列車の終着駅まで有効とする。
② 都府県ごとに最低1箇所は途中下車して観光する。北海道はエリア(振興局)ごとにつき最低1箇所とする。

いままでの旅を振り返ると、7日目までは北海道にいましたが、いままでの1日当たりの平均移動距離、252.2kmというのは北海道にいたからこそ出せた値だと思います。というのも、(そこまで精査はしてませんが)北海道はスケールが大きく、九州がまるまる2つ入るほどの面積といわれているくらいです。北海道の途中下車はエリア分けをしており、その中で最低1箇所としていますが、それでも恐らくスケールが大きいのは変わりなく、本州以南では頻繁に都府県境を超える中、この252.2kmに匹敵する数字は出しにくくとなると思いますし、今後のノルマである247.7kmも然りです。

一方で、この平均移動距離を出せないことは有効期限内に旅を終えられないことを意味し、この大切な機会を棒に振ることになるので、何がなんでも達成する必要があるということです。この旅行記とは別に動画を上げており、そこでは毎回進んだ距離などを出していましたが、これはあくまでも編集に際して行っているもので、当時は全然数字も出しておらず、勘で進めていたため、ここまで厳しい状況に陥っていたことにこのタイミングになって気づいたのです(まあ薄々嫌な予感がしていたのですが)。

ということで、今後はこまめに進捗を数値化しながらきめ細かく進めていくことにします(各数値は主に動画の方で出し、こちらの旅行記は折に触れて出すことにします)。それにしても、一気に旅の余裕度が変わってきました(自業自得ですが)。

以上、長々とすみません。それでは日付を進め、旅を再開していきます。

【15:45発/16:00着】 陸羽東線で古川から小牛田へ

それでは前回の終了時刻にあわせて古川にやってきました。4月10日(月)に再開です。もともとは中断期間を3日間としていましたが、上記の事実を見て、「やばい」と感じ、1日出発予定を早めることにしたのです。これでも気休め程度ではありますが、少しでも成功確率を上げられるように最善を尽くす所存です。ちなみに、向こう9日間しか予定が立っていないため、計画を練りながら旅を進む状況になるのはもう避けられません。

古川駅
古川駅

さて、古川からは陸羽東線で小牛田へ行きます。陸羽東線は小牛田から古川・鳴子温泉を経由して新庄までを結ぶ路線です。今回はその一部のみを利用します。いわゆるローカル線ですが、古川より小牛田方へは利用が多いです。そのためか、古川・小牛田間のみの区間列車も設定されており、今回はそれに乗車しました。それでも、ちょうどこの時間帯は下校時間に重なるため、多くの学生さんが乗車し、立ち客も出るほどでした(ボックス席には空きはありますが)。広大な田園風景を見ながら、15分の乗車で終点の小牛田へ到着です。

キハ110系気動車(古川駅にて)
キハ110系気動車(古川駅にて)
陸羽東線から見る田園風景
陸羽東線から見る田園風景
小牛田駅
小牛田駅

【16:33発/17:07着】 石巻線で石巻へ

小牛田からは石巻線で石巻へ向かいます。接続時間は約30分。小牛田駅には小牛田統括センターという車両基地や運転所がある関係で、留置車両が多く、見ていて飽きが来ませんでした。キハ110系気動車をとっても、3種類の塗装パターンが確認ができ、古くなりつつあるキハ110系でも、色々見せ方次第で、いくらでも印象が変えられることを感じました。

小牛田統括センターの車両基地
小牛田統括センターの車両基地

それでは小牛田を始発とする折り返し列車、女川行きの普通列車に乗車し、石巻へと向かいます。東北本線方面からの列車を接続し、混雑とまでは行かないまでも2両編成の列車の座席の半分ほど埋まった状態で小牛田を出発しました。

途中、涌谷や気仙沼線との乗換駅である前谷地を通りますが、そこで下車する人も多かった印象。車窓はほぼ田園風景に終始し、まとまった市街地へ入ると石巻へ到着です。

石巻線から見る田園風景
石巻線から見る田園風景
石巻駅
石巻駅
キハ110系気動車(石巻駅)
キハ110系気動車(石巻駅)

【17:27発/18:50着】 夕暮れの松島湾を眺めがら杜の都仙台へ

石巻からは仙石線に乗車して仙台へ向かいます。仙石線というと、「仙石東北ライン」といわれる高城町から東北本線を経由するルートをとるものもありますが、今回は全線仙石線を経由するルートを取ります。仙石線内は快速・特別快速も一部ありますが、全線仙石線となると、各駅停車しか選択肢がないので、これで行きます。

205系3100番台電車
205系3100番台電車

車両は205系3100番台。いまでは首都圏からほぼ姿を消しつつありますが、仙石線ではまだ活躍をしている車両です。走行中は山手線などの首都圏の路線で聞くことのできた、けたたましい走行音が聞けて懐かしい気分になります。

列車は陸前小野を過ぎると高架になり、だだっ広い水田と河口寸前の鳴瀬川を渡る雄大な風景が見られます。この辺りから陸前大塚駅手前までは2011年の東日本大震災によって線路が付け替えられた区間となります。もともとは約500m海側を通っていましたが、津波による甚大な被害を受けて以来、内陸側に線路が付け替えられています。それに伴い、途中の野蒜駅、東名駅は新しい場所に駅が建設されています。

鳴瀬川(陸前小野・野蒜駅間)
鳴瀬川(陸前小野・野蒜駅間)

また、陸前大塚駅手前では進行方向左手に松島湾が見えてきます。ちょうどこの時は日の入りのタイミング。夕日が輝いて松島湾に浮かぶ小島や水面にその光が反射する風景はどこか神々しさを感じさせます。そして、宮城県有数の観光地である松島の最寄駅、松島海岸へ到着します。車窓からは進行方向左手に遠目ではありますが、湾に浮かぶ島々の光景が目にできます。

松島湾(東名・陸前大塚駅間)
松島湾(東名・陸前大塚駅間)
松島海岸駅から見る松島の遠景
松島海岸駅から見る松島の遠景

松島海岸からは塩釜・多賀城といった仙台近郊の市街地を経由し、仙台へ至ります。徐々に列車内も混み合い、車窓もろくに見られない程度の混雑となりました。苦竹駅を過ぎると仙台の市街地を仙台トンネルという地下区間を走行していきます。そこからまもなく、仙台へ到着します。

仙台駅
仙台駅

【20:00/20:45】 仙台名物、麻婆焼きそばを味わう

ホテルに荷物を置き、仙台名物を食べに出かけます。仙台名物というと牛タンを思い浮かべる方がほとんどと思いますが、もう一つの名物、麻婆焼きそばを食べに行きます。なぜなら単純に自分が麻婆豆腐フリークだから。自宅でも時折作るほどです。

今回は仙台駅から徒歩1分、PARCO1Fにある「囍龍(シーロン)」さんに訪問。何度か仙台へ行った際に狙っていたのですが、なかなか訪問が叶わず、今回初めて実現しました。

「囍龍」外観
「囍龍」外観

初めに紹興酒を頼み、当然麻婆焼きそばと、お店の名物、「バナナ餃子」を注文。まずはバナナ餃子の方が先に到着。「バナナ餃子」とはいえども、バナナは入っておらず、大きさの比喩のようです。バナナというと大げさな感じはしますが、普通の餃子よりも大きく、中の具材もよく詰まっています。皮は薄く中身はジューシーなので思ったほどグッツリと来ません。

紹興酒とおつまみのピーナッツ
紹興酒とおつまみのピーナッツ
バナナ餃子

そして、麻婆焼きそばが来ました。こちらは熱々の土鍋に入って登場。麺はみえず、一見ただの麻婆豆腐に見えますが、しっかりと埋まっています。土鍋に焼かれた麺はベビースターのようにカリカリ。これぞ「焼き」そばです。そして、麻婆豆腐は山椒がしっかり効いた本格的なもの。痺れる辛さが好きな人にはおすすめしたいです。

麻婆焼きそば
麻婆焼きそば

それでは本日の旅程はここで終了です。
本日もお疲れ様でした。

【YouTube】